こんにちは、おつげ女です。
過労死自己責任論から考えられたのは、自分は自分でしか守れない、自分は自分で守れるということ。
ただ、守れるようになるのには学びが必要でしょう。
今の日本じゃ、専従奴隷的な働きしかできない会社ばかり。そこでは自己防衛なんて機能できないくらい疲弊させられ、学んでいる暇なんてない。
悟りを開くまえに、あの世ゆきでしょう。
「自分で守れる能力=自己肯定=自分軸に生きる」会社を軸に生きるのではなく、自分の中の軸を基準として会社、社会にかかわれればいい。
では、自己肯定できていることに気づくには?
自己肯定の入口。今ある自分の状況を言葉化、言語化、文章化していく。
は?なに言ってるのとか思わないでね。
私は、この言語化自己肯定法に救われたから。
今ある自分の状況を言葉化、言語化することで自分の置かれた状況を見える化する。
教えてくれたのは尊敬するコピーライター。
その方とは半年ほど一緒に仕事をさせてもらったが学ぶことだらけだった。
ある時、仕事に追い詰められていた私をみて、「今ある状況を言葉に、言語化して文章にしてみなよ」と言ってきた。
はじめは、なに呑気なことを言ってるのかわからなかったが、紙に今ある自分の状況を断片的にかいてみた。そして、その書いた内容をみて、頭の中だけで考えていたことが、どうでもいいことばかりだと気づいた。
頭の中では、想像や妄想が膨らみ、見えない敵を巨大化し、不安を増大させていた。その事に気づいたのだ。
コピーライターは、あらゆる視点を大切に語彙をつかい伝わる文章をつくる。
冷静に感情を排除し今ある状況を説明していく仕事。
状況説明のエキスパートだ。
言語化すると、妄想や想像だけで考えなくていい。ここが一番いい。
敵がはっきりする。
あとは、敵への対応をすればいいだけなのだ。
自分で自分が守れない状況は、自分の状況が認識できないことと、頭の中で妄想や想像で敵を巨大化させている為でもある。
過労死してまで働き、逃げないのは自分の悲鳴に気づけなくなっているからだ。
だから、そうならないために、常に言語化していく訓練をし、自己肯定を磨くしかない。
あと、もっといいかげんでいい。
真面目なんてクソほど役にたたない。
真面目に仕事してたら評価されるなんてのもない。
言語化、自己肯定力を磨いて自分で自分を守ろう。