社畜日記

「何を遺すか」最近、私の周りでよく聞く言葉

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こんにちは、おつげ女です

最近、私の周りでよく聞く言葉に「何を遺すか」があります。

かなりな頻度で耳にする。「何を遺すか」

社会システムや建造物、アートなどなど、自分が死んだ後も、社会に残り人に影響を与えていく、そんな事や物、思想を遺したいという話しだ。

その話しを聞く度に私には出来ないと思う。

私はといえば、まるで逆の考えで「何も遺したくない」派である。何かを遺すより、生きてることを楽しみたいのだ。

楽しみながらやっていることが結果として型になり遺ることになるかもしれないが、遺すことを目的に生きるのは疲れてしまう。

強くそう感じたのは、お面部長に会ってからだ。

お面部長は、プライドが高く、金や実力もないのに自分を大きく魅せたがる厄介な部長だった。

常に人に偉くみられたい。人に尊敬されたい。人に影響を与えたい。何かを遺したいと思っている人でした。しかし、無い実力は絵に描いた餅で、美味しく食べることなどなかった。それどころか、絵に描いた餅を食べれる餅として販売、詐欺罪で犯罪者になってしまった。

名誉どころか不名誉を手にしてしまったのだ。

それを間近でみて「何かを遺す」とは、 遺したいと思う本人が思えるものじゃなく、誰かが遺したと思うもので、あくまで生きた結果、第三者により決められることだ。

「何かを遺す」ことを目的にする。死んでまで影響を与えるって、なんか疲れるなぁ。わたしなら、その時その時を楽しみたいけどなぁ。

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